【後白河法皇ゆかりの寺】京都・法住寺の歴史と御朱印

京都

歴史の扉へようこそ。旅人です!

今回取り上げるのは、平安末期に朝廷内で絶大な権力を持ち、「治天の君」として君臨した後白河法皇ゆかりのお寺法住寺です。

後白河院というと、権謀術数を駆使して平清盛としのぎを削ったり、鎌倉幕府の源頼朝と弟義経との対立をあおったりと、平安末期から鎌倉初期の激動の時代を生きた天皇で、歴史ファンのなかでは人気の高い天皇ですよね。

そんな天皇の陵墓に隣接する法住寺は、後白河院のみならず、数々の歴史上の偉人ゆかりのお寺でした。

今回の記事では、下記について解説します。

  1. 多数の歴史上の有名人ゆかりの法住寺
  2. 隣接する後白河天皇陵
  3. バリエーション豊かな御朱印

法住寺の歴史とゆかりのある有名人

法住寺ゆかりの有名人

簡単に歴史をまとめると、上記Tweetのとおりです。

後白河法皇

 平安末期から鎌倉初期に権謀術数を用いた「治天の君」。

花山法皇

 権力争いに巻き込まれ、短期間の在位の後、半ば騙されたかたちで出家させられた天皇。彼は徳道上人の歴史に触れ、西国三十三所巡礼の中興の祖となる。

親鸞聖人

 比叡山で修業した後、浄土真宗の開祖となった名僧。

大石内蔵助

 江戸時代中期、主君:浅野内匠頭のため、江戸の吉良上野介邸へ討ち入りした『忠臣蔵』の主人公。

と、歴史好きにはたまらないビッグネームが4人も関わるお寺なのです!

後白河天皇陵

後白河天皇陵は法住寺のすぐ隣にあります。

法住寺や三十三間堂参詣の際は、当時に思いを馳せてこちらも訪ねてみることをオススメします。

御朱印

法住寺の御朱印はいくつか種類があります。私が拝受したのは下記の5つ。

身代不動明王


木曽義仲が院の御所(上皇の邸宅)に攻め入った際、身代わりとなった天台座主明雲大僧正にまつわる身代不動明王の御朱印。法住寺の本尊です。

後白河院

後白河院の御朱印。

「遊びをせんとや生まれけん」と書かれています。こちらのフレーズは後白河院が大好きだった「今様」という当時の最新の流行歌を集めた書物『梁塵秘抄』の一節です。

今で言うと、J-POPみたいなものでしょうか(^^;)

大河ドラマ『平清盛』のOPテーマでも引用されていましたね。

親鸞聖人そば喰い御真影

親鸞聖人が百日の間、毎夜比叡山を下って六角堂に参籠した頃、聖人の身代りとなって留守居を勤め、まるで聖人がいるようにそばを食べたという伝説がある像の御朱印です。

忠臣蔵

赤穂浪士のリーダー大石内蔵助が当寺の本尊・身代不動明王に詣で、大願成就しました。

そのことから法住寺には四十七士木像が安置され、こちらの御朱印がいただけるわけです。

期間限定御朱印

法住寺ではその時々に応じて期間限定の御朱印がいただけます!

写真は付近の京都国立博物館で西国三十三所展が行われていた際にいただけた観音様の限定御朱印です。

「そもそも御朱印って何?」という方はこちらの記事もどうぞ。

アクセス

J   R:京都駅より市バス100・206・208系統「博物館三十三間堂前」バス停下車。徒歩3分。

京阪電車:七条駅より徒歩約10分。

付近には三十三間堂や京都国立博物館、血天井で有名な養源院、広大な庭の方広寺など、見どころがいっぱいあります!

まとめ

  • 法住寺は後白河院のみならず、多数の有名人ゆかりの隠れた名刹
  • 隣接する後白河天皇陵にも参ろう
  • バリエーション豊かな御朱印がいただけるお寺

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

コロナでなかなか寺社巡りに出かけることもできませんが、このブログを読んでいただき、

「Stay Homeで寺社参拝」

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